2018年

2月

26日

表現形式をうまく使ったなぞなぞ

 まずは次のなぞなぞに挑戦してみてください。

 

問題


 あるところにいつも尻に敷かれているドナルドという男がいました。彼は「今日は日曜日だし、遅くまで寝て、あれをゆっくり食べよう」と心に決めていました。

 しかし、ドナルドは妻パーカーに午前8時半に叩き起こされ、家全体を掃除するように言われます。ベッドから起き上がり、掃除を始めたドナルドでしたが、結局2時間もかかってしまいました。掃除中ドナルドがずっと思っていたことは「あれが食べたい」ということでした。
 掃除を終えたドナルドはようやくあれが食べられると思っていましたが、続けて妻パーカーに「先週買った組み立て式のテーブルを完成させておくように」と命じられてしまいます。2時間半かけて作業を終え、ようやく「あれが食べられる」と思ったドナルドでしたが、もう食べられなくなっていました。
 さて問題です。結局ドナルドが食べることができなかった「あれ」とは、いったい何だったのでしょうか。

 

***


 登場人物の名前から、ハンバーガーなどを想像した方もいたかもしれませんが、不正解です。答えは朝食です。手が空いたときにはすでに午後1時を回っており、もう昼食の時間だったからです。
 このなぞなぞのミソは、問題文の最後が「ドナルドが食べることができなかった『あれ』」となっており、過去否定の「~なかった」が用いられている点です。もしこれが「ドナルドが食べることができていない『あれ』」のように未完了を表す「~ていない」が用いられていたとしたら、簡単に朝食という答えが出せたことでしょう。
 このように、なぞなぞ1つ取ってみても、表現形式は非常に重要であることがわかります。

2018年

2月

25日

語学と楽器

 語学と楽器の練習は似ている部分が多いです。これまで私が積んできたモンゴル語の学習経験とピアノの楽器経験をもとに、共通点を考察してみます。


 まず、どちらも習い初めの頃は慣れないため、ぎこちないです。しかし、練習するにつれて、徐々に使い方がわかってきます。楽器で言えば、指や手などが動くようになり、ゆっくりと弾けるようになる段階で、語学で言えば、短文でも産出できるようになる段階です。

 

 それを繰り返していくと、さらに上手になっていくのですが、あるときから練習してもなかなか上達しなくなる停滞期(plateau)を迎えることになります。

 

 しかし、諦めずに練習しつづけていれば、閾値(tipping point)に達し、自由に使いこなせるようになります。楽器で言えば、暗譜して譜面を見ずに自然に音楽が奏でられる段階で、語学で言えば、頭で考えずにスラスラと産出できるような段階です。

 

 それぞれの経験をとおして、やはり語学も楽器も日頃の継続した練習が不可欠なのだと痛感します。

2018年

2月

24日

エグイ

 テレビで「エグイ」という形容詞を多く聞きます。

 

 辞書で調べてみると「あくが強く、のどや舌を刺激するような味わい」という意味なのですが、現在では多義語となっています。

 

 例えば……

 「このお店、エグイくらい混んでる」

 「今月は残業がエグかったな」

 

 などです。この場合、「程度が甚だしい」「きつい」「ひどい」などの意味合いです。

 

 どうやらもともとは関西地方での単語だったそうなのですが、テレビで多用されたことから、広く使われるようになったようです。単語の普及においてはテレビの影響力は大きいことがわかります。

2018年

2月

20日

「劣化」の使われ方

 「劣化」の使われ方が徐々に変化してきています。どういうことでしょうか。

 

 「劣化」といえば、「経年劣化」ということばが連想されるように、機械や建物などに対して使われるのが常でした。

 

 しかし、昨今では有名人の顔や身体などの容姿に対して使われるようになりました。それまで人に対して使われることがなかった「劣化」はネットやマスコミなどによって、使われ方が変わってきています。

 

 人が年を重ねれば、変わっていくのは当然で、それは「劣化」ではなく「老化」です。「劣化、劣化」と揶揄して言っている人自身も、時が経過すれば、年を重ねます。自分を差し置いて他人に対して「劣化」と言うのはすこし変な感じがします。

2018年

2月

13日

「美人すぎる」「天使すぎる」などの「~すぎる」

 今回はキャッチコピーで使われる「美人すぎる」「天使すぎる」などの「~すぎる」を考えてみます。

 

 「~すぎる」の前には通常、動詞や形容詞、形容動詞などが使われます。例えば「食べすぎる」「寒すぎる」「静かすぎる」などです。しかし、「雨すぎる」「会社員すぎる」などのように「名詞すぎる」の接続だと、座りが悪く聞こえます。ちなみに「大人すぎる」「子どもすぎる」などの表現は、抵抗がない人は使っているようです。

 

 聞き慣れない当初は「美人すぎる」と聞いて「どれほど美人なんだろう」と思った人もいたかもしれませんが、ここ最近だと手垢がつきすぎた表現なので、あまりインパクトのないものになってしまっています。

 

 多用されるフレーズは、受け手が慣れてきてしまうため、人目を引く効果も徐々に薄れてしまいます。これは「神対応」などで使われる「神」などにも同様に言えることでしょう。

2018年

2月

11日

効果的な校正方法

 テストやプリント制作、または文書作成に際して、効果的な校正方法とは何でしょうか。

 

 今回は私が実践している方法をご紹介します。それは、異なる媒体でチェックしていくことです。

 

 例えば、ある文書を作成したとします。それをパソコンの画面上で、何度かチェックして校正をしていくのはよくあることだと思います。

その次に、その文書をプリントアウトして、紙媒体でもチェックしていきます。これも、慎重派の人はよく行っていると思います。ここからが新しい部分だと思うのですが、タブレットでもその文書を確認し、校正していきます。

 

 このように、①パソコン、②紙、③タブレットなどのように媒体を変えることで、何重にもチェックすることができます。また、媒体が変わるので、気分転換しつつ、校正作業をすることができるのです。

 

 媒体はほかの物でも構いませんので、ぜひさまざまな媒体を利用してみてください。

2018年

2月

09日

「学習者に~させる」という表現

 「学習者に~させる」という表現を書籍や論文などで時折目にします。例えば「学習者に書かせる」「学習者に理解させる」などです。

 

 「~(さ)せる」は使役形で、上記の文では命令や強制を意味します。英語にすると”make learners do”といったところでしょうか。そのため、聞こえ方によっては教師が学習者を見下したような横柄な表現になってしまいます。

 

 特に「学習者中心」や「自律(自立)学習」などを謳った文章中に教師目線であるこの「学習者に~させる」が登場すると、主旨と表現形式とに乖離が生じているため、違和感を抱く可能性が高くなります。

 

 この場合「学習者に~してもらう」や「学習者が~する」などに言い換えたほうが読み手としては違和感なく読み進めることができます。