清少納言や吉田兼好も嘆いた日本語の乱れ

 「日本語は乱れてきているのかどうか」というテーマに対して、あなたはどう考えますか。このテーマを考えるうえで参考になる文献があります。それは西暦1000年ごろに清少納言によって書かれたとされる『枕草子』の第188段です。以下のことが述べられています。

 

【原文】何ごとを言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「なにとせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文(ふみ)に書いては、言ふべきにもあらず。

 

【現代語訳】何かを言うにしても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「なにとせむとす」などの「と」の文字を取り除いて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」などと言うのはよくない。ましてや、手紙でこれらを書くのは、言うまでもなくよくない。

 

 清少納言にとっては大変お気の毒なことなのですが、高校の古典文法で助動詞「むず」が学ばれることからもお察しのとおり、のちにこの「むず(る)」は広く使われるようになります。


 そして時は流れておよそ300年後。今度は吉田兼好が西暦1330年ごろに執筆したとされる『徒然草』の第22段を見てみます。以下のようなことが書かれています。

 

【原文】文(ふみ)の詞(ことば)などぞ、昔の反古(ほうご)どもはいみじき。たゞ言ふ言葉も、口をしうこそなりもてゆくなれ。

 

【現代語訳】手紙の言葉など、昔の人が書き損じたものであっても素晴らしかった。しかし話し言葉も、徐々に情けなくなっていくようである。

 

 いかがでしょうか。日本を代表するこれら2つの随筆作品でも上のようなことが述べられていたことは大変興味深いです。つまり、1000年以上前から「昨今のことばはよくない」と感じている人がいたのです。ほかにも似たようなエピソードとして、次のような笑い話があります。

 

 ある考古学者が、遺跡に書かれた古代文字の落書きを発見したそうです。当時の歴史を知るうえでの何か重要な内容が書かれているのか、それとも財宝のありかを知らせているのか、期待は深まります。そしてやっとのことで解読してみると、次のようなことが書かれていたそうです。「最近の若者はなっとらん」。

 

 こちらの古代文字の小話は出典が確かではないので、真偽のほどは定かではありませんが、『枕草子』と『徒然草』は実在する作品ですから、確かに述べられていたことです。いつの時代でも「最近のことばは……」と嘆かれているということは、次のことを意味するのではないでしょうか。それは、ことばは変化していくものであるということです。


 ことばは人間が使用するものである以上、永久不変であることは難しく、使う人によって姿、形が変えられていきます。「むず」のように「よくない」とされていたことばが、徐々に市民権を得て、最終的には多くの人によって使われるようになったものは多くあります。この流れは、①誤用→②揺れ→③定着という流れで表すことができます。まず通常では使われないことばは①誤用とされます。しかし、①が徐々に話者によって使われてくると今度は②揺れになります。最後の段階では、多くの人が使うようになり、③定着します。
 

 したがって、冒頭の「日本語は乱れてきているのかどうか」という問いは、どの基準をもってして乱れているとするか判別が難しいため、簡単には答えられないのです。自身が使っていないことばでも、一般的には定着しつつあることばもあるかもしれないですし、定着していないことばでも、自身は多く使っているものもあるかもしれないからです。

 

 だいぶ前の時代でも嘆かれていたことからもわかるように、人間が使うものである以上、刻一刻と変化していくのがことばの宿命なのではないかと思います。